2017年3月21日火曜日

大吟醸キックとレバレッジのかけ方を研究する

  今年の美しいクロールワークショップ(通称美クロ)が終わった。2008年3月に第1回の美クロを実施して以来、これで17回目になる。今回のテーマは、カイゼン技術を磨いて美クロレベルまで引き上げるというシンプルな内容であったが、みなさん美しい泳ぎになり満足されたようだ。

  美クロに参加するお客様はいろいろな面でこだわりを持っていらっしゃるのだが、足の姿勢や動作だけは見えない場所だけに意識が届かず、カイゼンポイントが多く見つかる。次の2つが主なポイントである。

1)かかとを引き上げてキックしている

  これは「蹴る」という陸上の動作を水中で行うときに現れる。陸上ではボールを蹴るときに、まずかかとを後ろに引き上げて蹴り幅を確保し、次に自由落下と足腰を使って足の速度を最大にしてボールに足を当てる。
 これを水中で行うと、ひざを曲げてかかとを引き上げることになり、大きな抵抗になる。また予めかかとを引き上げて、手の入水を待っているケースもあるが、このときにはバランスを崩してしまう。

○対応策

  脳が足に指示するのは「蹴る」のではなく「水を下に押す」ことである。陸上で言えば「ボールを足に着けた状態から前に押す」動作になる。押すための幅を確保するためにひざを曲げ、曲げると同時にひざの裏を素早く伸ばして足の甲で水を押す。

2)グライド姿勢で足が開いている

  性別や年齢、体型を問わず発生する。グライド姿勢で足が締められず、両ももや両ひざの間隔が開いていてゆるんだ印象を与える。

○対応策

  腰が回転するほど足のコントロールが難しくなる。肩と腰の回転角を分けて、腰をできるだけフラットにすることで足を締めやすくする。

両方の問題を一気に解決するツール

  かかとの引き上げと足が開く状態を一気に解決するのが、アンクルストラップの8の字足首巻きである。この状態でキックをすると、かかとを引きつけられないので蹴ることができなくなる。
 また両足の可動範囲が狭まることで、腰を斜めにすることが難しくなりフラットに近づく。結果として足が締めやすくなる。

○ひざの使い方から腰の使い方に

  ストラップを巻いた状態では、かかとを引きつけることができないのはもちろんであるが、ひざを曲げたキックも難しい。実際にやってみると足が沈む。ワークショップで実施したところ、みなさん両方のひざを曲げてドルフィンキックのようにして対応していた。
 そこで自分でも試してみたが、ひざを曲げるかぎり足の位置が変わるので、ストラップで引っ張られることがわかった。
 ストラップで引っ張られないようにするためには、ひざを曲げるのではなく腰からのうねりを作ればよい。このときドルフィンキックのように腰を上下させるのではなく、入水のときの肩の上下動から派生するうねりを使う。このうねりを腰で素早く切り返すことで、足に素早いスナップを作ることができる。
 イメージとしては、かかとを引きつけて「足で蹴る」からひざをゆるめて「足で水を下に押す」になり、さらにうねりを使って「足で水に乗る」ようになる。
 この結果足の大きさの50%の蹴り幅となり、大吟醸(精米歩合50%の日本酒をモチーフにして)キックを実現することができた。

○速いスピードでも水に乗ってラクに足を動かす

 うねりを使った大吟醸キックでは、足に力を入れることがほとんどない。速いスピードにおいても同様なので、足の動きがテンポアップを邪魔することもない。肩で派生するうねりを腰で加速して足に伝えるだけなので、足で使うエネルギーを減らすことができる。
 ストラップを取って泳いでみたが、ほぼ何もしないで足が水面近くにとどまっているのは新鮮であった。これまで足を動かさないときは上半身で前のめり感を上げる必要があったが、それも必要なくなった。

レバレッジのかけ方を練習する

  美クロワークショップではツービートキックのレバレッジについても試したが、必ずしもお客様全員に伝わったわけではない。個人レッスンであればタイミングを見ながら毎回合っているか伝え、微調整を加えることで正しいレバレッジのタイミングをわかって頂くことができるが、グループレッスンではキックのタイミングをずらすことを体感することが難しかった。
 そこで自主練習でレバレッジのタイミングを理解するステップを考え、試した。
  1. スイッチ姿勢のまま床を蹴って平らな姿勢になり、そのまま足を伸ばして滑る。従ってキックはしない。足が沈みそうになったら立つ。前後左右のバランスを調整して、スイッチ姿勢で足を伸ばして浮いている時間を増やすようにする。
  2. スイッチ姿勢のまま床を蹴って平らな姿勢になったら、スナップしてスイッチする。スイッチするまでは足を伸ばしておく。スナップにより入水する手を押し出すようにする。
  3. 2が安定してできるようになったら、スナップしてスイッチ後にリカバリーしてスイッチ姿勢を作り、足を伸ばしたままにする。沈んでも構わない。
  4. 3が安定してできるようになったら、さらにスナップしてスイッチする。以降スイッチ姿勢になったときに足が伸びていることを確認してから、スナップしてスイッチする動作を加える。
  このようにスイッチ直前まで足を伸ばしておけば、手の入水が始まるときに足の準備、肘の伸ばし始めで足を打つことで足がてこになり、手をさらに遠くに伸ばすことになる。こうすると足の蹴り幅に対して進む距離が格段に伸びるので、レバレッジ(てこ)をかけると呼んでいる。
 レバレッジがかかれば足を伸ばす時間が長くなるため、姿勢が安定するだけなく減速を抑えることもできる。より多くの方にレバレッジをかけてもらえるように、上記のステップをプライベートワークショップでも実施する。


 

2017年3月17日金曜日

ペース練習の実践

スイム 2350m

  効率的なペース練習として、様々なパターンを試しては運動強度(心拍数)と比べている。
 新しく組み立てた練習メニューを、ワークショップで使用する横浜の25mプールで試すことができた。

1)目標ペースの設定

  目標ペースは目標タイムをラップ数(壁から壁まで泳ぐ回数)で割る。1500mの目標タイムが30分であれば、25mプールでは60ラップなので30×60÷60=30秒となる。
 従って1500mの場合の計算は簡単で、目標タイム(分)=目標ペース(秒)となる。ただし実際には泳ぎが劣化するため、5%程度は速いペースにする必要がある。
テンポトレーナーのモード2の設定上、ペースは切り捨てで整数にする。

2)ベースペースの設定

  ベースペースは練習用のペースである。現時点で目標の距離を泳いだときの、最も速いペースを想定している。
 目標タイムが現在のベストタイムより10%速いとすれば、練習で最も速いタイムはベストタイムの5%落ちを想定して、目標タイムより15%遅いと考えることができる。そこでベースペースは目標ペースの15%落ちになる。目標ペースが30秒であれば、ベースペースは30秒×1.15=34秒となる。
 ただしこれは下限と考えたい。実際には泳ぎながら貯金の状況を確認して、ベースペースを1~2秒修正する必要がある。

3)テンポの決定 

  ベースペースが決まったら、25mをベースペースで着くようにして(壁をタッチして1秒以内にビープ音が聞こえるようにして)ストローク数を数える。ベースペース÷(ストローク数+2)でそのときのテンポが算出できる。この2はプッシュオフとひとかきに要する時間である。
 何回かテストする。ベースペースは遅めなので、テンポもゆっくりになる。
 今回のテストではベースペース26秒で16ストロークだったので、テンポは1.40秒になった。ベースペース25秒では1.35秒である。これでペース-ストローク数-テンポの関係が明らかになる。

4)テンポピラミッドの実施

  速いテンポに適応するための技術を身につけるために、テンポピラミッドを行う。テンポは上記のテンポ+0.15秒からスタートして、ストローク数を増やさないようにして-0.10秒まで速くする。
 ゆっくりしたテンポで加速を上げる泳ぎを作ることで、ペース練習に入っても空回りしなくなり、ストローク数を変えることでペースに対応できるようになる。

5)ベースペースで長く泳ぐ

  いよいよペース練習である。始める前に、ラップあたりのストローク数を決める。スタートは伸びるので他のラップよりもストローク数を1減らす。
 ベースペースはコントロールしながら泳げるので、ストローク数を決めたらそれを守るように徹底する。今回は16/17であった。

6)ペースを上げる

  ペースを1秒上げるごとに、ストローク数がラップあたり1増えるようにする。25mプールであれば短いのでストローク数1増加=ペース1秒短縮を維持することができる。

7)目標ペースで泳ぐ

  今回は26秒でスタートしたが、貯金が多すぎた(ターン後壁を蹴って2ストロークでビープ音が鳴る)ので1秒減らして25秒にするとともにストローク数を1増やした。25秒:17/18
 さらに24秒で50、50、100、200を行った。このときは18/19である。
 最後に目標ペースである23秒で50、50、100、200を行った。ストローク数は19/20である。あわてることなく貯金を1秒程度作ることができた。
 あとは200mを3本、4本と増やす流れと、400m、500mと距離を伸ばす流れを日替わりで行えば良い。

 このようにペース練習ではステップを作ることが大切である。単純にペースを1秒縮めただけでは、根性で速くしようとして成果が伴わなくなる。ペースを1秒縮めるときに、どのような形(ストローク数やテンポ)で実現するのかを明確にして、その通り泳ぐことでペースを保つ必要がある。

運動強度の考察

  心拍数の推移が下のグラフである。基本的に時間とともに心拍数は上がっているが、30秒でそのセット開始前近くにまで下がることがわかる。運動強度の高い練習を行うことで、かろうじて右肩上がりを保っている。急激に下がっているのは1分休んだときで、心拍レベルで言えばウォームアップ終了直後まで低下している。
 心拍数が上がるのは100mや200mを泳いだときである。高い状態を維持したいのであれば200mを泳ぐことは必須となる。
 心拍数を上げて練習することは、本番の状態に自分のからだを慣らすために重要である。効率的に心拍数を上げるためには、

  • 休憩時間は30秒を最長とする。短い距離のセットほど休憩時間を短くする。
  • ペース練習を、200mを最低距離としたセットで行う。




2017年3月1日水曜日

貯金を殖やして速く泳ぐ

ペース練習を本格的に取り入れてちょうど1年になる。主にスピードアップキャンプでお客様にペース練習の効果を実感して頂けるようになった。そしてほぼ同時期に取り入れた心拍計により、練習内容の強度を評価できるようにもなった。
ペース練習ではペースをどのように設定するかが大切である。グアム滞在最終日に、新しい設定方法に基づいて1500mを計測した結果をまとめる。

○ペース練習の前提条件

 ペース練習に入る前に、ペースを達成するための泳ぎをデザインする必要がある。具体的にはテンポとストローク数をいくつにするのかということである。そしてテンポとストローク数を決めた通りに泳ぐためのコントロール力が必要になる。
 そこでペース練習に入る前にテンポピラミッド練習を行い、テンポを遅くしたり速くしたりして、加速やなめらかさを上げておく。
 ピラミッドの範囲は±0.15秒、ストローク数の範囲はマイナス2(テンポが最も遅いとき),プラス1(最も速いとき)が理想である。

○ペースの設定

 ペースは壁から壁まで(1ラップ)の所要時間を秒で示したものであり、以下のような種類がある。

・目標ペース:目標タイムを達成するためのペース。目標タイムをラップ数で割るだけでなく、最低でも5%程度の劣化率を加味して1.05でさらに割る(例:長水路1500m目標タイム30分であれば30×60÷30÷1.0557秒)。
・ベストペース:現在当該距離を最も速く泳ぐことのできるペース。直近のレースの結果に基づいて計算する。
・基本ペース:ベストよりも遅いが、緊張感を持って泳げばこの程度のタイムは何度も出せる、というタイムに基づくペース。
・リラックスペース:このペースであれば目標となる距離を越えてさらに長く泳ぎ続けることができるというペース。

私の場合50mプールでは以下のようになる。
・目標ペース:43秒(5%の劣化率を考慮)
・ベストペース:46
・基本ペース:50
・リラックスペース:54

目標ペース以外のペースがわからない場合は、次のようにテストする。
1)テンポピラミッドを10本行う。通常の練習テンポ(なければ1.25秒)からスタートして、0.05秒ずつ3回遅くする。このときストローク数を最低1減らすように加速を上げる。通常の練習テンポ+0.30秒で泳いだら、今度は0.05秒ずつ速くして6回速くする。このときはもっとも遅いテンポで泳いだときのストローク数からできるだけ増やさないようにする。
2)最後のテンポで泳いだときのストローク数に3(プッシュオフからひとかき分)を足してテンポを掛ける。小数を切り上げて整数にする。これを基本ペースにする。
3)100mを泳いでペースを維持できるか確認する。壁に着いてからビープ音が聞こえればペース内で泳いでいる。これを貯金ができたと呼ぶ。
4)200mを泳いで貯金ができるか確認する。貯金が3秒以上ある場合はペースを1秒速くする。借金が続くようであればペースを1秒遅くする。

キャンプ終了後でからだが疲れているせいか、200mを基本ペースで泳いだときに貯金借金が0になった。そこで翌日の1500mタイムトライアルでは、あえてテンポトレーナーで着けて基本ペース+1秒(51秒)で泳ぐことで、何が起きるかを観察することにした。

○タイムトライアルでの発見

1500mの方針

テンポトレーナーにより51秒ペースで泳ぐ。基本ペースより遅いので、貯金ができたら貯金を殖やす。道具は以下を用意する。
a) 入水する手を肘の自由落下で素早く前に伸ばす
b) キャッチで水を支えて素早く入水する:入水てこ
c) 肘を使って素早くプルし、手を顔の前に運ぶ:肘てこ
d) 体幹を使ってプッシュの手を押し出す:体幹てこ
-負荷はa-b-c-dの順に大きくなる。
100mずつa-b-c-dの順番で意識するセットを3回繰り返す。
50mずつa-b-c-dを1回行う。
-残り100mは2ストローク毎の息継ぎでスパートをかける。

・泳いでいるときの観察

使う道具と貯金の増減の関係を調べることができた。ラクな道具ほど貯金は殖えない(速くならない)ことが1順目でわかったので、2順目以降は力の入れどころを強調して常に貯金が殖えるようにした。
最初はターンして1ストローク目あたりでビープ音が聞こえたが、2ラップごとに1ストローク貯金を殖やし、最後は30ストローク程度の貯金になった。

・結果

 ペースを完全に維持した場合の想定タイムは2530秒である。貯金を少しずつ殖やした結果タイムは2452秒となり基本ペースによる25分よりも速くなった。

 ラップタイムを見ると、300m以降は次第に速く泳ぐディセンディングができている。これは貯金を殖やそうと意識して、道具を使って実践したからである。
 一方500m800m近辺でタイムが落ちている。ストローク数が増えているので、集中が切れていたのであろう。何もなしのタイムトライアルほどの緊張感を持たなかったのが原因かもしれない。
 心拍ゾーン分布では、最も強度の高いZ5が約30%、次いで強度の高いZ440%、Z320%と理想的な結果になった。無理のない形で強度を上げることができている。



○まとめ

基本ペースよりも1秒遅くすることで泳ぎに余裕ができるだけでなく、ディセンディングも貯金という結果を伴って意識することができる。

このような練習を継続的に行いながらペースを嵩上げすることで、ベストペースで泳げるようにする。貯金ができるように泳げばベストタイム更新である。