準備万端でアルカトラズスイムに参加すべく当日現地まで行き、誰もいないのに驚き登録証の日付を見たら2015年であった。1年以上前のイベントの申し込みを受け付けて欲しくないと思いつつ、せっかく来たので低温スイムを観察しながら行うことにした。
屋内プールは「冷やす機能」を持っていないので、「温める機能」を使わない場合プールの温度は水道の温度に近づく(厳密にはタンクのある場所の室温)。最近のように30度越えが日常的になると、プールの水温も夏は30度以上になる場合が多い。
一方海水は風と気温により夜間適度に冷やされる。最低気温が30度を下回らないということはそれほど多くないので、理論上はプールよりも水温が低くなる。従ってオープンウォータースイムでまず気をつけなければならないのは、「普段泳いでいる環境よりも温度が低い」ということである。この違いは長時間泳ぐほど身体に影響を及ぼす。
○最初の100mで慣れる方法
サンフランシスコの海洋公園で朝7時に泳いだ。気温14度、水温は測っていないがサンタクルーズの16度より冷たく感じた。レースでは舞い上がっていて冷静な観察ができなかったので、何が起きるかを順番に観察した。レースと同様二重キャップ(ネオプレン+シリコン)、ゴーグル、水着(腰だけ)だけで泳いだ。
- 足を水に入れる。「冷たい」と感じるのは瞬間で、すぐに「痛い」という感覚に変わった。
- ゆっくり入ると痛みが拡がる可能性があったので、三四歩水中で移動してからすぐにドルフィニングで全身を水没させた。ここで刺激を受ける中心が顔に移動した。同じように痛い感覚を得ると同時に、肺が急速に収縮して息苦しくなる。普段は1分程度息を止めることができるが、全身が緊張することで二酸化炭素が一気に体内に溜まり、その結果すぐに苦しさを感じるのであろう。これは溺れている状態に近いのではないか。
- 水中でひとかきしてすぐに息継ぎをする。ここで最も大切なのは、息継ぎのときに通常の2~3倍強く息を吐くことである。二酸化炭素を出すこと、肺が収縮して息が浅いので強く吐いてから吸い込むことが目的である。
- この段階では身体がパニックしているので、2ストロークに1回の呼吸でひたすら吐くことに意識して泳ぎ続ける。息を吐くときに声帯を震わせるとさらに吐く量が増える。うなり声を出しながら吐いた。
- キックはしなくても泳げたが、痛い感覚を和らげるためバタ足にしてみた。全身が緊張しているため足をコントロールすることができず、小刻みにばちゃばちゃしているだけであった。もちろん推進力には貢献しない。
- このような状態でしばらく泳いでいると、苦しさが減ってくるのがわかる。この段階で4ストローク1回呼吸に切り替える。足は相変わらず震えているだけである。ここで100m、約2分である。
最初の100mはパニックである。レースであれば他のスイマーとのバトルもあり、低温とバトルとアドレナリンで完全に自分を見失うことになる。そこで一つだけ、「2ストローク1呼吸で声を出しながら息を吐く」ことを提案したい。団子状態になっているときは他の人の後をついていけばよいので、最初の20ストローク程度はサイティングをせず、ひたすら息を吐いて「苦しいという感覚」を除去する。
なおパニックしているときにサイティングをしようとしても、頭を極端に持ち上げてバランスを崩す。さらに口が水面上に出ると本能的に口を開けて呼吸をしようとするので口に水が入る可能性が非常に高い(過去の経験ではほぼ100%)。
最初の100mは息を吐くことだけに集中して、「自分の感覚を取り戻す」ための準備期間に割り当てるのである。
○自分の感覚を取り戻す順番
最初のブイにたどり着き、直線に並ぶブイ(全長約250m)とその先にある大きな目標物を確認し、泳ぎ始めた。4ストローク1回呼吸に切り替えると、呼吸準備および動作に係る時間が短くなり、それだけ感覚や水中の動作に注意を払うことができる。
- 最初に意識すべきなのは「リラックス感」である。ただし練習と違い、レースでは「ゆったり泳ぐ」ことはすべきでない。全体を弛緩させるのではなく、ストロークフェーズのポイント毎にゆる締めをチェックする。具体的には、最初は入水直前の手首、次はリカバリーの肘、次はキャッチした後の肘などである。
- 次に「前のめり感」である。ここで何ストロークか頭頂部を水没させてみる。息継ぎやサイティングが続くと頭は上がりがちになる。海水やウェットスーツで下半身が浮いていても、頭が上がると首や背中に不要な力がかかり長時間泳ぐと疲れが生じる。下半身を浮かせるというよりも、首から背中を水面に平行にする目的で頭の位置に注意する。
- 次に「安定感」である。斜め姿勢で体重を乗せていることができているか確認する。
- 次に「なめらか感」である。プールで泳ぐときとは姿勢が異なっているので、無理な動きをしているかもしれない。特に肩回り、肩甲骨の使い方に注意してなめらか感を上げる。
- 次に「水抱え感」である。特に低温では手の感覚が減るために細かく調整することができない。キャッチの型をチェックしたら手の形を維持しながら後ろに動かすことで水抱え感を高める。
- 最後に「加速感」である。底が見えるプールと違い、透明度の低い海では瞬間的な速度増加が行われているかを視覚で観察することができない。普段からプールで「水を切る感じ」をつかんでおき、それが海で得られているかを確認するアプローチがよい。
○プールと海のテンポの違い
テンポを1.00秒にして往復550mを泳ぎ、さらに0.95秒、0.90秒で泳いだ。低温の海ではプールにおけるテンポとの感覚の差がさらに大きく感じられた。前日の1.30秒~0.95秒のピラミッドと比較すると、感覚的は以下のようになる。
- 低温スイムの1.00秒=プールスイムの1.15秒
- 低温スイムの0.95秒=プールスイムの1.10秒
- 低温スイムの0.90秒=プールスイムの1.00秒(空回り始まる)
海水で泳ぐと普段のプールスイムよりも速いテンポで泳げるのがメリットである。しかしそのテンポで泳ぐフォームが確立されていないと、単に空回りして遅くなるのがリスクである。従って普段のプールスイムでも、プールで速く泳げるテンポよりさらに0.05~0.10秒速いテンポでの練習を加え、海のスイムの準備をする必要がある。
なおテンポを上げると心拍数が上がる。ランで足が棒になる乳酸の蓄積(実際には疲労物質の蓄積の結果を乳酸で測る)が、スイムでも発生する可能性がある。高心拍で泳ぐことで何がいつどのように起きるのかについては、今月の練習で明らかにしたい。
○筋肉の過度の緊張
当初はアルカトラズスイムと同じ1.5マイルを泳ぐ予定であったが、心臓周辺に違和感を感じ始めたので1マイル1.6kmを泳いで終わりにした。シャワーも着替える場所もトイレもないので、充電式シャワーポンプと飲料タンク(出発時お湯を充填)でシャワーを浴び、駐車場で着替えた。
前週のサンタクルーズでは泳ぎ終わった後に飲もうとしたココアがコップから半分以上飛び出すほど手が震えていたが、今回は泳ぎ終わってすぐに暖かいシャワーを浴び、さらにすぐに着替えたので震えは5分程度で収まった。
自宅に戻ってから極度の疲労感に襲われた。感覚的には3倍泳いだときの疲れである。翌日も起床直後は筋肉痛になっていた。理由として低温スイムで身体が緊張していたことが考えられる。加速のために筋肉を使ったのではなく、ゆるまることなく硬直する状態が続いていたのであろう。
この筋肉硬直による疲労は、トライアスリートやマラソンスイマーにとっては大きなダメージとなる。硬直は精神的な緊張からももたらされるので、泳ぎが苦手なトライアスリートは「苦手だ」と思うだけで疲労することになる。
- 普段の練習するプールより低い温度
- 普段は使わないウェットスーツでの違和感のある動き
- 苦手意識
- レースがもたらす緊張感
- バトル
いずれも筋肉硬直をもたらす要因である。最短の解決策は「慣れ」と「意識の集中」であり、経験を積むことができない段階ではシミュレーションをできるだけ行うことが必要である。
練習後の気分:7(当日現地に行くまで気がつかない段階で自分にガッカリであったが、気を取り直して上記のような収穫があったことで良しとする)
9月にもアルカトラズ練習があるので、できれば参加する。